第2回BUG Art Award ファイナリスト展にて作品展示。
「モビル文学」シリーズは自転車を使った移動並びに投影技術を文学表現と融合させることを目指し、映像装置に改造した自転車を用いて各街をテーマにした小説をキャンバスとしての都市に描き出す連作である。本作『モビル文学 東京ボーイズアンドガールズ』では、東京駅周辺を舞台に執筆した小説を映像化し、自転車に乗って夜の有楽町・銀座・日本橋をサイクリングしながら地面にテキストを投影した様子をインスタレーション作品として発表した。




大雨が踊り去った夜。有楽町駅前。誰かを待っていた、記憶がある。でも、それが誰だったか。今となっては思い出せない。が、いずれにせよ、僕は人を待っていた。思い出したくない?だけかもしれない。嘘ばかり。
人生を振り返ってみると、ちゃんと働いていない季節ばかりだった。無職でいることは一種の才能で、簡単に羨んでみるほど楽じゃないぜ。たぶんその頃のいつかだ。
その日、巨大な水溜りが有楽町の街中にあった。そこを避けて歩く人たち。雨が止んだのに傘をさす人たち。まばらな人通り。水面に反射して倍になっていた。ビルも灯りも人も全てがそうだ。全てが倍になっていた。
鏡合わせ。だけど、悲しみは倍で、喜びは半分で、疲れていたからか。疲労のタネを抱え、何とか生き抜くその道すがら。徒歩より速く、車より遅いが、凜々、車輪は廻る。例えばその待っていた人。「君」と呼ぼう。君が水溜りに映る反対側の世界に迷い込んで、そのまま消えてしまえるとしたら、それも良い。君を探す。
何年経ってもすぐそこの宝くじ売り場、大当たりは引けないし、そうだ、シネフィルだった僕は近くの映画配給会社で働きたいと思っていた。
君が僕の人生を通り過ぎる沢山の人たちの一人で、風を切るこのモビリティ、すれ違ったうちの一人、同期していく。今日も僕は僕だ。しかし君は君じゃない。君は宇宙で、多義的で、可変的で、どこにでも存在する。だけど、僕は有楽町にいる。今日はチャリで来た!が、京浜東北線あるいは山手線に乗ってここに来る度に、君や水溜りのことを思い出してる気がする。君を視る。
僕が今、この瞬間に、深夜の有楽町で美術作品を作っていることを君は知る由もないだろう。生活は切実。刹那、生き抜くためにプログラミング覚え、その後また無職になって、ほとんど美術館行ったこともなかった。なのに何故か作家活動をしてる。縁もゆかりもなかった岐阜県大垣市住んで、自転車乗りながら小説読む研究をしている。他者の好意を簡単に踏み躙るエゴが強い円環と円環。そしてここに戻ってきた2024年某日。好きなことは増えた。その分嫌いなことも増えていった。それに今も君を含む、ほとんどが嫌いなままだ。
あれから身体中の遺伝情報入れ替え、顔や国籍、全て替えてしまったくらい、僕は別人になってしまった。SHOTA SHIMURAです。Google検索して。あの頃の僕は水溜りの中。違う?そんな妄想でもしてないと、苦しい夜(や)。
深い絶望に縛られた孤独な夜も、強い諦念に魅入られた光のない朝も「書くこと」だけは辞めずに続けてきた。これは使命で、運命で、天命で、十年前も一昨日も昨日も今日もそうだ。だから明日も明後日も死ぬ刻もそうだ。
今宵、自転車に乗って街を巡る。モビル文学。思考の束が矢継ぎ早に浮かんで消える。僕のチャリはフェラーリよりも速い。SUPERSONIC MAN OUT OF YOU.君を失くした。
全て記憶に沈むのだ!数えてみよう。
1.変なステッカー。2.ホッピー。3.人生劇場。4.謎のピエロ。5.マンホール。
「こうして言葉を紡いでいる時だけは君がこの地球上で一番幸せになって欲しいと思う」
作品を展示。通り過ぎる人、のんびり、それも君か?
過剰、エントロピーの増大。スピードに乗る自転車の環世界。修羅道を走る。そこに君が?
僕は君の人生に爪痕さえ残せないかもしれない。絶望と狂気込めて、作品を鋭利に、破壊的に魔改造する。存在してるだけで街が華やぐ、全てがドラマチック。足跡どこかに残ってないか探す。時を刻む。
自分が誰?で、ここがどこか?分からなくなるまで生きることに身を尽くし、君だけじゃない。僕が僕であることですら失われていくとしたら、それも可笑しい。
誰もが重い鉛のような孤独隠し持っている。From 川崎サウスサイドだけど空虚なアーバンソウル。そして赤信号を律儀に守る君もそうだった。今も濡れた子犬のようにくたばってる訳じゃないぜ。
大学で一番優秀だった君は愚図だった僕の親友。君が書いた志望動機引っ提げ、入社した会社。僕はタイムカード切り。君が働き、君が住んだ銀座寄って帰る日々は遠く。千の夜越え。今も揃えば凹凸。それも良いか。
時々、思い出し、ここに来る。スタバ寄る。駅降りてまっすぐ進み、橙色の照明灯す地下に隠れた珈琲屋前。そこを左に折れて、しばらく道なりに歩いた。右に曲がり、小さな公園の先に君が住むマンションあった。想像が過ぎる。そのスピード、自転車よりも速い。
君の痛み、知った日。忘れもしない。ごめん、その時まで君は無敵。最強だと思ってた。今もそうか?
仕事終わり君の家。テレビ付ける。二〇一八年サッカーのワールド杯、決勝の夜だ。
君は唸り、転び、傷つき、ボロボロになり、希望はなく、ねじれ、苦しみ、二度と朝がやって来ないような絶望の刻を苛む。心を無くし、身体動かし、ただ笑う機械。スクラップ!
僕は「フランスが勝ったよ🇫🇷」と言って、コンビニへ行った。今日と一緒。夜の銀座。暫くぶらついて回る。エムバペ、遂にFrom パリ To マドリード移籍したし、君も僕も数度、移籍(転職)してる。時は続く。君はラジオ出たね。
だって、そうだよ。何でも卒なくこなせた君。愚図な僕だ。その痛み。気付くこと出来なかった。それを君の親友として、今も申し訳なく思う。君のおかげ。僕は辛うじて生き延びた訳だが、僕は、果たして、君のため何か出来たこと、あった?だろうか。今更、口に出すのも恥ずかしい、だから、こうして手紙のような言葉したため、これはフィクション!作品ということにして茶化したりしてる。だが嘘は書いてないぜ。
おめでとう。🎉 放課後の教室。SWOT分析してた君が父になるとは。
ぜんぶ計画していた通りにならなかった。でもそれも良いね笑
ただ銀座ブラつき、君に聴かせた詩や物語。覚えているか。俺は諦めず続け、数えてみたら働いてない夏、四度あった!之が本当本気。今は、チャリに乗る。だからか。昔の倍、通り過ぎてく。
久しぶりだ。ここで唱う。いや、正確には書いている訳だが。俺は構わない。今も祈り、捧ぐ。君に、俺に。
記憶。面で切れば哀しみが覗く。その集積はDRAMA。五十六億七千万年後の弥勒菩薩下生。Quo Vadis。ウォーホルとジョブズ。重ね熟れる。白と黒じゃない曖昧な余白。有象無象のエネルギーが強い。生きてるだけで偉い。僕は今も主語だけが強く、巡礼の旅を続け、無人の我楽多市へ。今宵、言葉の奇跡、信じ。想う。無限の夜を眺めたこともあった。今なら友の絶望が解る。卑怯でも勝ちたい。今日も人生最高だった。
日本橋川を渡る度に思い出す。死は生の対比。不可分な領域を互いに擦り続けている。
手術を終えたばかりの君。リハビリに付き合い、毎週末に東海道を歩き続けた。麒麟像をスタート地点として、国道一号線を蟻のようにノロノロと。日が暮れたら休み。その翌週。続きの場所まで電車で行って続く。或る春の終わりから夏の終わりにかけて、五畿七道の始点を背に青色の道路案内標識沿って這う。箱根温泉迄。半端な野ざらし紀行だった。・・・。
どこかで見た夕景。進んでも退いても同じ風景続く。旅路。今も始まりの終わりで、終わりの始まりの夢を見る。憧景。君と話したことをほとんど覚えてないし、iPhoneに残る写真を見返してもそこがどこか判らない。5.85インチのディスプレイ映るどこかの海やどこかの小径。何処にあった?この道の先にある。
ソーファッキンスペシャルな世界。秒毎に乾杯していた僕らは、大量の絶望喰わせ、今の自分らに成った。気がする。on the 脳。あれから行く年。僕は自転車に乗り、君はバイク買った。別々の速さ。今は独り。という訳でもないか。
そういえばそうだ。子どもの頃は、家の前の道をまっすぐ進んだらどこへ辿り着くのか。不思議で仕方がなかった。日本は島国だから東西南北いずれかの方向へまっすぐ進めば必ず海へ辿り着くはずだが、その頃の僕にとって、一里先は南極とか北極とかと同じくらい遠い場所だった。
2024 映像インスタレーション