やまなしメディア芸術アワード2025-26 入選作品展にて発表。
「モビル文学」シリーズは自転車を使った移動並びに投影技術を文学表現と融合させることを目指し、映像装置に改造した自転車を用いて各街をテーマにした小説をキャンバスとしての都市に描き出す連作である。本作『モビル文学 富士河口湖ユーフォリアライド』では、河口湖を舞台に執筆した小説を映像化し、自転車に乗って夜の河口湖畔をサイクリングしながら地面にテキストを投影した様子を映像作品として発表した。




湖を一周する、つもりなどない。ただ、暗闇に染まるため、自転車に乗った。遠くから来た。本当に・・・それだけだった。
湖面映る逆さ富士。夜。見えないが、きっとどこからか、霊気立ち昇り、タイヤ軋む音、光るライト、全てと混ざり合い、このままスピード狂になれば、森羅万象、渾然一体になれる。
古い火山灰 。表富士、裏富士。表裏。正反。息と鼓動。
龍が湖底に潜む伝説、廻る車輪。暗闇の中に、在るひかり。次第に、ここがどこで自分が何者か曖昧になっていく。僕は。僕は誰だ。
毎日何かに苛立ってるし、何に苛立ってるのかも分からず、自転車に乗って、時々遠くへ。GO!GO!虚。汗が垂れる。思考矢継ぎ早に消える。1 + 1 = 0 にするために次のnullへ飛んで 0 + 0 = 0.一兵卒として野を走れ!
たぶん、富士山頂に自転車で行けないように。※ アーバンな乗り物だからだ
富士山。富士山。高いぞ高いぞ。富士山。を越えたらどんな世界。映画みたい自転車に乗って空 を飛べれば良かった。それで、山の中腹で頂上を諦め、途中まで進めたゲームのデータが吹き飛ぶような憂鬱。でも、一度試みたという記憶は嘘じゃない。
ただ、絶対に人が踏み入ることの出来ない世界在って、僕はその周縁を廻る。きっと頂きは東西南北、万華鏡のようで、その一方、僕はひと漕ぎごとにフレームが切り替わり、呼吸合わせ、斜度の脈拍を聞き、ハンドルを揺らす。人間であることを静かに噛み締める。眺め、遠くを見る。それだけで、それ以上も以下もない。「不死の富士」と云う。永遠の様だ 富士の影とブラック。
富嶽三十六景、切り取る以上の、沢山の眼と祈り、背負い聳え、暗い所まで星が光る。
「星降る夜になったら」山梨に着いて何度も口遊むフジファブリック。満点の星々 Best Matchさ。志村正彦、大好きだった僕は、今も彼の死を悼み、暮らす。僕も苗字が志村だから幾許かのシンパシーが常々。若者のすべて。祖父が上九一色村生まれゆえに、遠い親戚かもしれない。合掌。それもそうか。富士講、流行りの時代でも今でも、絶対ここを巡り、雪被り、凍土、野晒しで極み、祈っていた何か。
今日とて、良い一日だったと思う。擦り切れる迄生きて、ようやく捨てられる自問自答。そして、強い光として生きることは 夜より濃い影と共に生きることで、絶えず自分が最大瞬間風速的に興味があることを粛々と進め、時々小さな祝祭があり、だけど己の深淵と対話しながら感情を乗り物のように紡いでく人生に華丸。魔法の言葉。Ob-La-Di, Ob-La-Da。人生はつづく。
これまでもこれからもそうだ。遣る瀬無く日々は過ぎ、その先に何があるか分からない。沢山の風景。通り過ぎていく。Far Away Home. 日々労働は熱情に溶け、日記帳手繰り寄せなければ、いつどこで何をしてたか全く分からないし、時系列もバラバラになっていく。
今宵、僕は山より高い星見て、夜を明かすだろう。ねえ。「タッタッタッ タラッタラッタッタッ」と。夜風。無限。どうしてか。訳もなく寂しく、胸が押し潰れそうだった。・・・・・・。
Photo by Otsuka Keita
展示会詳細2025 映像,パフォーマンス